2007年05月29日

うんどうかい、とか。

ご無沙汰してしまいました????????

入学式から駆け足状態で来ましたがようやく落ち着けそうです。
と、いうのも
小学校初めての運動会があって

運動会exclamation&question

そう、春の運動会。

幼児だった子ども達が
ぴよぴよ言ってる1年坊主が
真っ直ぐ整列することもおぼつかない…くらいなのに

運動会で、ダンスをして、玉入れをして、綱引きをして、徒競走をして…

「あのね、整列して走ってて、駆け足足踏みしてて、
『ゼンタイ〜とまれ!』っていったら
『1,2,3,4,5!』って言って止まるねん」

な、懐かしい〜〜〜〜!
1,2,3,4,5!
5!っで両足そろえて止まるんだよねぇ〜!

なんてこととか

校庭でみんなでお弁当の時間、とか

応援合戦とか騎馬戦の盛り上がりとかリレーで賭けをしてるオトウサンとか

(実際ウチのオトウサンは『あの走りは速い』とか『筋肉の付きがちやう』とか『差せ!差せ!』とか…)

なんかいろいろいろいろあって、
それにまつわる考え事とか計画とかも山盛りあって

ついでに前日の夕方まで雨が土砂降り??になってたり
当日朝に準備をするので開始は30分遅らせますとか

当日になったらぴーかん晴れ????紫外線バキバキだったり
弁当作りに結局4時間睡眠だったり

そんな中当日昼休みに水着の販売だとか

「わてほんまに、よういわんわ」

状態になってました。

そんなわけで、翌日は午後はまるまる、おもいっきり

寝てしまいました…
たぶん、3ヶ月分くらいの疲労がどっちゃりきてて
寝てもねても、眠れましたわ。

疲れたら、やっぱり寝るのがいちばんです。
posted by はね吉 at 01:10| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

世も末、と言うけれど

また、口にするのもおぞましいような事件が起きましたね…

赤ちゃんポスト』に想定外の3歳児が預けられたってことも、
妊娠中の奥さん離婚成立の2日後に殺されたってことも
次々に起こる、バラバラ遺体遺棄事件のことも
ああ、それから、あれも、これも、あの事件も…

記事を書くためにネットニュースをいろいろ見ます。
軽い芸能ネタも、重い記事も、いわゆる便所の落書きのようなものも。
最近はなかなかほっこりあったかい気持ちになるものは少ないです。
わざわざ攻撃の気持ちを煽るような、
恐いもの見たさで覗くのもどうかとは思いますけど

日本は美しいどころか、すごくおおきな闇を抱えながら進んでいるんだなあ、って思います。
千と千尋…」のカオナシが
さみしくてさみしくて
どんどん食べてたべて肥大して凄いバケモノになってしまった
あれをふと、思い出しました・・・

思想や嗜好を規制することは、もう不可能なんでしょう。

ひたひたと身の回りに忍び寄って来るこの大きな闇を
少しでも晴らすことは出来ないのでしょうか?

戦争もテロも恐いし、憲法改悪なんてことになりはしないかって
その不安もあるけれど
じつは
もっと身近で、確実に戦争よりも恐ろしい状況になったりしてないのかって
思ったりするんです。

人間一人の範囲なんて、出会う人の数も、経験する事柄もたかがしれているんだけれど
その一人ひとりが小さな部分で少しずつ重なっていて
その重なった部分が社会をかたち作っていたりするから

せめて自分の出来る範囲で
ほんの一瞬すれ違うだけの相手にも
ちょっとだけいい気分で生きられるようなエッセンス
わかちあえたらいいな、と思います

ちょっとだけ、おすそわけ。

これが無くなってしまったのかなあ。

日本全体がまだ戦後の全員が貧しい頃の。
近所のおじちゃんやオバちゃんに怒られたり、かばって貰ったり
お節介を町中でやってた頃の。

なんとか、なるでしょうか?
posted by はね吉 at 01:05| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

風邪ひいとりました

〜〜〜かなりサボってしまいましたぁ〜
連休終わりに風邪をひき、仕事中に「大丈夫ですか?」なんて聞かれてしまうような感じで。
ワタシ自身はそんなシンドさはまったく感じていないのだけれど、
まわりから見ると
ゲンナリしてるようだ、とか
ダルそうだ、とか
心配かけているようなのです。


前に、祖母の葬儀で実家に帰ったら
よってたかって「休んでおけ」「横になってなさい」言われて
葬式で慌ただしいのに寝てられないやん、おかしな事言うなぁ、なんて
不思議に思っていたらその後でっかい卵巣のう腫が見つかったんで
その時は「病相」がでていたのかもしれないですね。
そんなわけで
痛みやシンドさには結構鈍感なワタシです。
サーモスタット」がついてないカラダ…なんてよくいいましたっけ。


でもやっぱり、歳もトシだし、風邪ひいた時は夜更かしなど無理出来なくなって来ました。
シューカと一緒に朝まで…なんて寝てしまう。
いったんパソコン開いてしまうと長くなるので、
つい開けずに過ごしてる…なんてね。
「機械」的には「サーモスタット」がちょっとついて、
バージョンアップしたのかもしれませぇん♪


って、更新してない言い訳を〜してまいましたぁ…

すいまてぇ〜〜ん!
posted by はね吉 at 02:10| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月08日

リセットしてね。

連休明け、身体がだるい。
仕切りなおしに時間がかかる。

GW後半は、
シューカと神戸にランチをしに行って
旦那ちゃんがムチャギレして、シューカが泣いて
イチゴ狩りに行って
おばあちゃんちでぐだぐだ、だらだらして
NHKマイルカップで大穴にため息をついて
ジェットコースターの事故のニュースに青ざめて…

といった、特別な事など何も無い、フツーの休みの日々でした。

フツーで、よかった・・・

そう思わされた、連休でした。
楽しいGWの遊園地思い出を持って帰れなかった彼女には悪いけれど…

ご冥福を、祈るばかりです。
そして、彼女の家族の方々に、お悔やみ申し上げます。
それから、エキスポランド。
そこまでずさんだったのに、驚いています。

・・・

さて、仕切りなおし、新たなる挑戦、出発の時!
新緑の5月!
気分もあらたに参りましょうっ????????
紫外線対策は忘れずに、ネッ????????
posted by はね吉 at 00:46| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月02日

GW前半戦!

前半はシューカの初めての授業参観日の幕開けとなりました。
例によって「お父さん、参観日みにきてくれるよね〓」にコロッときた旦那ちゃんと揃って参加。
…甘え上手のシューカに、女としての実力を見せつけられた気がした…
甘えベタなワタシσ(^_^;)?

天真爛漫に授業を受ける姿に安心したようなかえって心配になったような、不思議な感想をもちました。
まぁ、楽しそうだったので上出来、でしょうか…(-o-;

2日目は疲れを癒して
3日目は森林公園へ弁当つきで。キャッチボールなんぞ健康的にやっちゃったりして。

後半戦、どこかいかないとアカンやろなぁ…
posted by はね吉 at 02:13| 兵庫 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

ぜひ視察にいらっしゃいませ

数日前に書きました、東京都知事についての記事です。

東京都の石原慎太郎知事が、3選を果たした直後の8日の記者会見で、
阪神大震災(95年)について
「(自衛隊に派遣要請する)首長の判断が遅くて2000人が死んだ」と発言したことに対し、
兵庫県の井戸敏三知事は9日、「いいかげんな議論はしていただきたくない。誠に失礼だ」と不快感を示した。
 井戸知事は「阪神大震災の問題は、不意打ちだったということ。犠牲になられた方はほとんどが圧死だった」と指摘。
「自衛隊派遣の有無と犠牲者の数は脈絡のないこと(提供:毎日新聞)


これについてはさまざまな人が遺憾に思ったはずです。

「俺だったらすぐにでも自衛隊の出動要請をして、被害者の拡大を食い止めることが出来るぜ」
って言いたかったんでしょうね。
「俺は必要なときには迷わずに判断して行動できる男だぜ」
って言いたかったんでしょうね。

なんだか悔しくて情けなくて、腹立たしくて

なんでかっていうと
あの地震で人生の変ってしまった人がいっぱいいて
苦しんだ人がいっぱいいて
そのなかで
助け合ったこと励ましあったこと
それで12年、復興に向けて頑張ってきたこと

みんな誰も忘れずに
忘れられるはずもなく年を重ねてきているのを

そんな見当違いの一言で
だからこの地震からの積み重ねを
なんて言おうとしたんだろうって

そしたら、こんな新聞記事を見つけました。

記者の目:石原・都知事の阪神大震災発言=小園長治(豊岡支局)
 ◇根拠、ぜひ聞かせてほしい−−遺族・被災者へ説明責任

 石原慎太郎・東京都知事が3選直後の記者会見で、阪神大震災について、「首長の判断が遅くて2000人が死んだ」と述べた。神戸・ポートアイランドの自宅で震度7の直撃を受けたあの時のように心が震えた。当時神戸支局員で、その後もずっと震災にこだわってきた私だが、初めて聞く数字だった。石原知事は同じ会見で、「(選挙中)陰湿に根拠のないバッシングをされた」と、「根拠」にこだわり、不満をぶつけている。ならば、きっと、自分の発言には根拠があるのだろう。ぜひ聞かせてほしい。知事には震災遺族や被災者に対し、説明責任がある。

おそらく、石原知事は、当時の兵庫県知事、貝原俊民さん(73)の登庁時刻と自衛隊派遣要請時刻を問題視し、「オレなら違うよ」とアピールしたかったのだと思う。これについて貝原さんは「石原さんは、とんでもない見当違いをしています。あぜんとしました」と驚きを隠さない。未曽有の地震で災害対策本部の責任者をした者として、自衛隊派遣要請の早さと、犠牲者数の多さを安易に結びつけようとする考えに、違和感を覚えているようだ。
確かに、貝原さんが県庁に到着したのは午前8時20分ごろで、地震の発生から2時間35分後だった。自著「大震災100日の記録 兵庫県知事の手記」(ぎょうせい)で、「どうにかして早く登庁しておればとの悔いは今も残る」と率直に反省し、心情を吐露している。

 しかし、当時、神戸は電話回線がズタズタになっており、貝原さんの官舎と県庁がつながったのは、ようやく7時過ぎだった。「110番に電話しても通じないので、単独で登庁することも考えたが、優に40〜50分はかかるだろう。その間、音信不通のまま、私が所在不明となるわけにはいかないし、公舎が県庁の次に連絡がとれやすい場所なので、状況をある程度把握できるまで連絡を待った」と、公舎待機の理由を書いている。難しいが、一つの判断だったことは間違いない。

 自衛隊派遣要請が遅れた最大の理由も、通信機能のマヒだ。午前7時ごろに県庁入りできた私は、官舎の貝原さんから指示を受けた職員が、懸命に自衛隊と連絡をとろうとしている姿を見ている。初めて交信できたのは、午前8時10分。ただ、被災状況が不明なため、出動準備だけを依頼しており、正式な「出動要請」は、姫路市に駐屯している陸上自衛隊第3特科連隊と電話が通じた午前10時となった。

兵庫県は地震から100日目に「自衛隊への感謝の集い」を開いた。自衛隊が被災者をさまざまな意味で助けてくれたことは、万人が認めるところだ。しかし、大震災から命を守るもの、言い換えれば防災・減災の要は建築建造物の耐震化であり、人命救助は「自助」「共助」「公助」の順に進むものである。石原知事は、この阪神大震災の教訓素直に受け取り、対策を誤らないでほしい。
毎日新聞より

傲慢な人に素直に受け入れてもらえるのかどうか
皮肉を言ってるくらいにしか聞こえないでしょうか。

多分、聞く耳を持たないように思うんですけどね。

4月9日付けの「新そのまんま日記」に都知事選について書いてあったのですがそのことについても、「田舎モノがいい気になって」なんて言っちゃったそうですね。
東京以外の人は、音がするくらい、ブンブン首を縦にふってたと思うんですけど。

けれど、本当に震災について認識をちゃんとしておかないと、
エライ目にあいませんか?
一度、視察にいらっしゃいませ!
posted by はね吉 at 00:45| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | どやねん。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする