2007年01月07日

善意のあり方

もうすぐ、1月17日がやってきます。
忘れようとしても、忘れられない阪神淡路大震災の日。
京阪神のあらゆるメディアや協同購入のカタログにいたるまで
防災や鎮魂についての話題が出てくる時期です。

この時期だから、なのかどうかはわかりませんが、こんな記事が新聞の1面に出ていました。

救援物資:鳥取県が断る方針決定 仕分けで本来業務に支障 
災害の発生直後に被災地に届く救援物資について、鳥取県は、個人からの物品提供を原則として断る方針を決めた。義援金での支援を求めることとし、改定作業中の地域防災計画に盛り込む。新潟県中越地震(04年10月)で、自治体職員が大量の物資の仕分けなどに追われて本来の活動に支障が生じたことや、無償で配られる物資が被災者を助ける半面、地元経済の復興を妨げたことを踏まえた方針。同様の措置は複数の自治体が検討中で、「善意」の届け方を再考する動きが広がりそうだ。
毎日新聞 2007年1月7日


「善意を無にすることは極力避けたい」として、無駄なく配分可能な義援金による支援を求めることにした。
「お断り」の対象は、個人からの一般救援物資。品目別にこん包され、一定量を満たした物品を除き、原則、受け入れない。
こうした条件を満たしたものも、すべて事前に提供希望者の名前と内容を連絡してもらいリストに記録。
その物品のニーズが高まった段階で、改めて提供を依頼する。
 災害時に必要不可欠な物資は、他の自治体や企業との応援協定に基づき調達を図る。
また、被災地の経済復興を後押しするため、物品、食料品は「できるだけ地元から調達する」方針。


12年前、かつて勤めていた幼稚園が避難所になり、訪れたところ
「救援物資で頂いた食料だけど、傷んでしまったらもったいないので貰って下さいませんか」とおにぎりやらサンドイッチやら持って帰ったことがあります。
あと、山積になって行く当てのない物資やフリーマーケットにも並べられないような傷んだ「中古品処理のつもりか?」と疑いたくなるような物資が・・・

復興支援は地震の被害にあった阪神淡路地区、新潟中越地区だけでなく
世界中から必要とされていましたが
「善意」ってどういうものなのかが検めて考えさせられるものですね。

「想像力」の限界にいどむようなことですが
ほんとにむずかしいです。

で、やっぱりイチバン持ち運びがしやすくて
ツブシ?がきいて
日持ちがして?
イチバン必要なもの


・・・・・お金、なんですね。
悲しいとかいじましいとか、もっと別の価値あるものがあるだろう
とかではなくて
現実、そうなのかもしれません。
もちろん全国・世界中から来てくれたボランティアの方々や
助け合い、支えあい、励ましあう人間力には及ばないものですが・・・

・・・・

お姑さんは
お金は「気持ちをあらわす」には一番てっとり早いもんよ
でも、てっとり早い、に過ぎないもんや。
って、言ってたなぁ・・・

ほんと、むずかしいです。


posted by はね吉 at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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